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人間関係

心の処方箋#2 送別のモヤモヤ_代表者の「熱のこもった挨拶」が、これからも働く人を「しらけ」させる

はじめに

送り出す側の代表者が語る、立派で、綺麗で、どこか現実離れした「贈る言葉」に、言いようのないモヤモヤや気持ち悪さを感じたことはないでしょうか。

現場で生まれていた小さなあつれきや、周囲が感じていたしんどさに気づけていないトップが、主役を素晴らしい功労者であるかのように褒めちぎる。
その認識のズレた称賛は、実際の空気とはあまりにかけ離れていて、空々しく響く。

その演説ともいえない言葉たちを聞いているうちに、今日で最後のその人へ、個人的な挨拶をする気がみるみるうちに失せていきました。

入ったばかりの頃、職場から家が近かったその人に教えてもらった「朝早くから開いているパン屋」といった、何気ないけれどありがたい日常の感謝など最後に語らいたい「個人的な思い出」もあったのに。けれど、過剰な言葉が、そんな個人的な思い出さえも口に出す気を削いでしまったのです。

なぜ、おめでたいはずの場で「拒絶感」を覚えるのか

このブログを読むあなたも送別の場に称賛や惜別漂う「あの独特の空気」に、言い知れぬモヤモヤを抱えてたどり着いたのではないでしょうか。

でも、安心してください。このモヤモヤや強烈な拒絶感には理由があるようです。

心理学の考え方に「人は自分の感情を外部からコントロールされそうになると、無意識に反発を覚える」という“心理的リアクタンス”というものがあるそうです。
トップが仰々しい言葉で「この人は素晴らしい」と定義づけるほど、「自分の実感は否定された」と感じ、本来あったはずのわずかな敬意さえも急速に冷めてしまうのだとか。

さらに、人は情報の密度が低く、自分にとって納得感のない長話を延々と聞かされると、脳が強いストレスを感じるようにできています。
あなたがイライラしてしまうのは、決して性格が悪いからではありません。むしろ相手の話を誠実に受け止めようとしているこそ、現場を無視したズレに脳がアラートを出してしまったのでしょう。

「物語」はいらない。「事実」だけでいい

そもそも、送別の場にそこまでの「称賛」は必要なのでしょうか。
最後はすべてが良い思い出として回収され、感謝しか口に出せないような、あの独特の空気。

けれど、そんな演出された美談よりも、本来、送別の言葉は「事実」だけでいいはずです。
「こんなことがありましたね」と、お互いの中に残っている思い出を語らうだけで、十分ではないでしょうか。

もし、「(ああ、これは心が拒絶するダメな流れだ。)」と思ったら「(これはラジオ、あるいはBGMだ。)」と割り切ってしまいましょう。無理に向き合う必要はありません。頭の中では今日の献立や週末の予定、全く別の楽しいことを考えていたっていいのです。あなたの心の中だけは、誰にも縛られない自由な場所なのですから。

La pilates

もしあなたが送る側の立場なら_現場を冷めさせる過剰な持ち上げに注意

もし今、あなたが送別の挨拶を探してこの記事に辿り着いたのだとしたら、自分が見えている景色だけで語ろうとしていないか、そして「長話になりそうな構成」になっていないかを、自分に問いかけてほしいのです。

たとえ同じチームで活動していたとしても、立場が違えば見えているものは違います。それなのに、自分の立場からの一方的な景色だけで過剰に持ち上げることは、聞き手にリアルとの乖離を感じさせ、不快にさせるだけです。そもそも、去りゆく人に対してそこまで特別に持ち上げる必要が、本当にあるのでしょうか。

現場の実態と乖離した話を、長々と、過剰に持ち上げながら続ける。その行為自体が、「私は周りが見えていません」と自ら宣伝することになってしまいます。

その人の価値を無理に上げるような「実は……」という裏話も、あなたの長話も、必要ありません。その人らしさが伝わるエピソードを、感謝の言葉にそっと添える。それだけでいいのです。

私の職場では上司がこういった余計なノイズを乗せてしまったせいで、本来なら温かく行われるはずだった最後の一対一のやり取りさえ、冷え切ったものに変わってしまいました。

伝えたいことがあるのなら、後で個別に話せばいい。みんなも、そうしたいのです。一人ひとりが大切に持っている「個別に語り合いたい想い」があることを、どうか忘れないでください。その余白を残しておくことこそが、本当の意味での「はなむけ」になるはずです。

さいごに_会社を出る瞬間に、自分だけの「卒業式」を


もしあなたが同じようなモヤモヤを抱えて「自分は性格が悪いのかな」と悩んでいたのであれば、もう自分を責める必要はありません。この不快感の正体が「ズレた演出への自然な反応」だと分かった今、次からはもう、その空気に自分の心を侵食されなくて済むはずです。

大事なのは、その場に無理に合わせることではなく、自分自身が納得して区切りをつけること。
たとえその場で本人とうまく区切りをつけられなかったとしても、会社を出るその瞬間を、あなただけの個人的な「卒業式」にしてしまいましょう。

一歩外へ出たら、もうその人のことも、あの白々しい挨拶のことも、空気も、モヤモヤした気持ちともさようならです。その場所を離れる瞬間に心の中で「さようなら」と宣言して、そこから先は自分のための時間を、自分の心に取り戻してあげましょうね。

以上、やられたんこぶーたのオフはなにする?心の処方箋#2でした。
また次回のお話でお会いできたらうれしいです。